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オールドローズとモダンローズ
バラは長い歴史の中でおびただしい品種がつくり出されました。しかし、19世紀以前のヨーロッパには、夏に咲く一輪咲きのものしかありませんでした。そこへ中国原産のコウシンバラが入り、四季咲きのものが誕生し、現在の多彩
なバラの世界へ変貌をとげます。ちなみに、品種改良により新しく生まれた四季咲きのバラをモダンローズ、それ以前のバラをオールドローズといいます。
現在流通している切り花には、大輪のハイブリッド系、房咲きで中輪のフロリバンダ系、それらの中間種のグランディフローラ系、ツルバラ系、小輪のミニチュアローズ系などがあります。
バラは実に花色が多く、ありとあらゆる色がありそうですが、「青いバラ」だけは、まだ現れていません。青いバラを作出すれば一攫千金も夢ではありません。
■歴史
世界中で愛され、花の女王と呼ばれているバラ
花の女王の名にふさわしく、その美しさ、香り、多彩な色をもって、バラは人類を魅了し続けてきた花です。絶世の美女とうたわれたクレオパトラは、バラの花で埋め尽くした客間にアントニウスを迎え入れてもてなしたそうです。また、彼女はバラの花から作られたローズオイルの愛用者でもありました。
暴君として有名な皇帝ネロもバラをこよなく愛しました。宴の時には広間にバラを敷き詰め、噴水の水にはバラ水を用いたそうです。バラの花びらで作った枕は彼のお気に入りであったそうです。バラの香りには催眠作用があるともいわれ、暴君ネロも眠れない夜をおくっていたのでしょう。
ギリシャ神話にも数多くバラは登場しています。海の神が世界中で一番美しいものをつくろうとキプロス島の周辺の海の泡からヴィーナスを誕生させようとしたとき、それを見ていた陸の神が空から降らせたのがバラの花でした。有名なルネッサンス時代の画家ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』は、その様子を描いたものです。
バラ戦争
バラは人類の歴史にも深い関わりがあります。15世紀にイギリスで王位継承を争って起きた戦争には『バラ戦争』という名前が付けられています。ヨーク家は白いバラ、ランカスター家は赤いバラが、象徴として戦われたからです。30年に渡ったこの戦いは、ランカスター家から王が出て、ヨーク家の女性と婚姻するという形で終結しました。この時からイギリス王室の紋章は、赤いバラと白いバラを組み合わせたものとなっています。
バラの世界を変えたナポレオン皇帝の妻ジョセフィーヌ
バラの園芸史上、欠かせない人物として、フランス皇帝ナポレオン1世の妻ジョセフィーヌがいます。彼女は、1800年代のはじめに世界中からおよそ250種類のバラを集めてマルメゾンの庭園を作りました。そして、この庭では、初めて人工交配が行われ、1850年までには4800種類以上の新しいバラが生み出されました。このため今日でも彼女は「バラのパトロン」と称されています。
愛の告白にはバラの花束で
日本でもバラの歴史は古く、万葉集には「うまら」として登場し、正倉院宝物の象牙でつくられた物差しや箱にもバラが描かれています。海岸に自生するハマナスは、ヨーロッパに渡り、品種開発に大きな貢献をしました。
現在、バラはキクに次いで2番目に生産量の多い花です。花の名前を知らない男性もバラだけは知っているようです。
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