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■ナデシコ科ナデシコ属
学名/Dianthus caryophyllus
和名/オランダセキチク
原産地/地中海沿岸 |
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| ■概要 |
高級感のある色合いが人気
カーネーションには、1本に1輪の花をつけるスタンダードタイプ、1本にいくつもの花をつけるスプレータイプ、ナデシコによく似た花をつけるナデシコタイプなどがあります。
カーネーションの人気の理由は、日持ちの良さと様々な色合いを楽しめるところにあります。母の日と言えば、赤いカーネーションが主流ですが、欧米からの流れを受け、日本でも茶色味がかかったオレンジ色、アプリコット色、薄いグリーン、ピーチ色等、高級感を漂わせる品種に注目が集まっています。
そうした中で、花づくりの農家さんも奮闘して、新しい品種を市場に送り込んでいます。「これが、カーネーションなの?」といった、これまでのイメージを一新する花も多数ありますし、スプレータイプはボリュームがあることから、人気が出ています。
名の由来
カーネーションというのは英名で、最初にこの名を記したのはイギリスのウィリアム・ターナー(本草学者)です。ラテン語の「肉の色」(カロ・カルニス)の意味からできた語といわれています。また、一説には、この花を花輪にしたり、花冠にしたりするので、その意味のコロネーションまたはコーネーションから誕生したという学者もおります。
学名のダイアンサスは「神の花」という意味ですが、それには逸話が残されています。昔、ローマに住んでいたソニクスという女性はいつも太陽神アポロンの祭壇を美しく飾っていましたが、何者かの手によって殺されてしまいます。アポロンはそれまでの彼女の行いに報いるため、彼女を虹色に輝くカーネーションに変えたそうです。
母の日とカーネーション
「母の日」の発祥はアメリカです。ウエストヴァージニアの教師、アンナジャビースが亡き母の命日の礼拝式に、白いカーネーションをたむけて母の愛を偲びました。彼女はフィラデルフィアに帰郷してからも、全財産を投げうって、母性を讃える行事の伝道者として努めます。
これに感動した市は1908年5月14日に母の日の行事を行い、ついでペンシルヴァニア州も1913年5月のその日を休日と定め、アメリカ合衆国も翌年「5月の第二日曜日を国家の休日とする」という決議を行いました。母のある人は感謝と幸福を祈念して、「赤やピンク」を、母を亡くした人は、母を偲び冥福を祈って「白」のカーネーションを胸につける習わしになったということです。
日本では、この習慣が、戦後の経済復興とともに急速に |
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| ■生活とお花 |
家庭で長持ちさせるために
水の中で茎咲きを切り(水切り)、しばらく水につけて水を吸い上げさせます。花を購入するとき、花首の茎の部分が太くてしっかりしたものを選びましょう。また、エチレンガスに影響されやすいので、リンゴやトロピカルフルーツ、ガスストーブの側に置かないようにします。 |
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| ■歴史 |
ゼウスの花
カーネーションの起源は古く、古代ギリシャやローマ時代から「ゼウスの花」といわれ、神に愛された花でした。古代ローマでは、この花で冠をつくったり、香水や香辛料を作ったりしました。また、酒づくりの専門家の間では、カーネーションがビールやブドウ酒に特有の風味をつけることも知られています。
カーネーションは、もともと南ヨーロッパや西アジアに自生しており、当時の人々はこの花の蕾を乾燥して香料や油を抽出し、薬品にするなど利用していたようです。
20世紀に入ってアメリカの園芸家たちが次々に優れた交配種を世に出し、ブームを起こし、現在の不動の人気を築きました。
日本へは江戸時代に渡来
カーネーションが日本に始めて渡来したのは、徳川三代将軍家光の正保年間(1644〜47)の頃です。オランダ人によって「オランダセキチク」または「アンジャベル」の名で、入ってきました。
四季咲きカーネーションを導入して温室栽培が行われるようになったのは、大正末期から昭和初期で、その頃からカーネーションと呼ばれるようになりました。現在では、母の日を中心に、花屋の店先を彩り豊かに飾り立てています。 |
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